所長あいさつ

 

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「ふくしま」へのご支援、ありがとうございます。

ふくしま心のケアセンター 所長 昼田 源四郎

 平成23年(2011年)3月11日14時46分、宮城県沖約130kmの海底を震源とする東日本大震災が発生しました。千年に1度といわれるマグニチュード 9.0(震度7)の巨大地震と、追い打ちをかけるように襲った大津波により、とりわけ海沿いの地域は壊滅的な被害をうけました。死者・行方不明者は、福島・岩手・宮城の被災3県で計18,547人にも及びました。
 さらに福島県では、大震災により福島原発のメルトダウンという、スリーマイルやチェルノブイリを上まわる最悪の原発事故が加わりました。放射線被ばくから我が子を守るために、余震がつづく平成23年3月中に3万9千人弱の子育て世代の人々が県外に緊急避難し、ピークとなった翌24年1月には総計で6万3千人弱の人々が県外へ避難しました。
 私は郡山市に住んでいますが、開成山公園という、子育て世代に人気の遊び場から、子どもの姿が全く消えました。それが震災3年後の昨年あたりから、お母さんと子どもたちの姿が徐々に見られるようになってきました。

 平成23年12月から24年3月にかけ、宮城・福島・岩手の被災3県に相次いで「こころのケアセンター」が開設されました。「ふくしま心のケアセンター」は平成24年2月1日に、計10名の職員で基幹センターが発足し、本格的な開設にむけた準備作業を行いました。
 同年4月1日に浜通りに相馬方部(「NPO法人なごみ」に委託)、南相馬駐在(南相馬市)といわき方部(いわき市)、中通りに県北(福島市)、県中(郡山市)、県南(白河市)の3方部、県庁駐在、会津地域に会津方部(会津若松市)、双葉町が避難した埼玉県加須市に加須駐在をおく6方部3駐在、計54名体制となりました。
 いずれの方部や駐在も、精神科医(非常勤)、看護師、保健師、精神保健福祉士、作業療法士、臨床心理士、社会福祉士などからなる多職種チームで構成され、医療・保健・福祉・生活など、被災された方々の多様なニーズに対応すべく活動しています。また福島県立医科大学に新設された「災害こころの医学講座」からは、全面的なご支援・ご指導をいただいています。

 平成25年度の活動実績は、仮設・借上げ住宅等で生活する被災者への訪問支援人数が各方部・駐在を合わせて計6,216人、集団でのサロン活動の開催回数は計982回、参加人数は延べ10,634人でした。
 個別訪問時での主訴としては、平成25年4月~平成26年3月では①身体症状の訴えが22%と最も多く、次いで②気分情動に関する症状が19%、③睡眠の問題が11%、④不安症状が9%と続き、症状なしは16%でした。平成26年4月から平成27年3月までの集計でも、①身体症状の訴えが20%、②気分情動に関する症状が19%、③睡眠の問題が11%、④不安症状が10%、症状なしは16%と、各症状の出現頻度や順位も前年同様でした。平成25~26年度とも「症状なし」という回答が16%を占めていますが、両年度とも飲酒の問題が4~5%、行動上の問題が5~7%、幻覚妄想症状が4~6%など、「心身の健康」という面では、まだまだ予断を許されない状況が続いています。

 震災から4年、「ふくしま心のケアセンター」発足から4年目に入りますが、復興に向け動き始めた人、復興の希望や意欲を失い自殺まで考える人など、被災者の中での、いわゆる「はさみ状格差」が目立ってきています。また御自身も震災被災者でありながら、既存の業務に純増する形で被災住民のために懸命に働き続けてきた県市町村職員の方々にも、心身ともに疲弊感が見られてきています。そのため当センターでは、「支援者支援」にも力を注いでいます。

 つらい話ばかりを聞かされると、二次受傷により支援者側も辛くなることがあります。震災・津波に原発事故が重なった福島の復興には、この先、30年~40年という長い期間が必要かと思われます。そのため福島の復興支援は、1人で必死にがんばる短距離走ではなく、多くの走者が順番に、バトンを次の走者に渡していく長距離走となります。
この長距離走に参加し、また応援し、福島に住む我々に希望と勇気を与えてくださっている国内外の皆様に、厚くお礼を申し上げます。本当に、ありがとうございます。Fukushimaは、必ず復興いたします。